黒木華
2016年01月15日
『母と暮せば』をUCT11で観て、吉永小百合が吉永小百合だふじき★★★(ネタバレ)
五つ星評価で【★★★吉永小百合という劇薬の扱いとしては最近一番】
ラストシーンについて語っているネタバレ原稿です
130分は長い。
64分の『傷物語』と同じ代金ならお得かもしれないが、いやいやいやいや。
要は適正な長さではないのではないか(実は『傷物語』の64分も適正な長さではなく、あの短さなのに長い)。
えーと、『母と暮せば』の前半、中盤のスローペースで居眠りをしてしまって罪悪感を高ぶらせている。二宮和也演じる息子と黒木華演じるその恋人が、普通の青年であるという事を表わす為なら、その過去にこだわる必要はなかっただろう。過去に戻るまでもなく、普通の人にしか見えない。吉永小百合も他の出演者も何ら特別に見える人は出ていないし、そういう演出もされていない。にもかかわらず、そういう普通の人が残虐な兵器で殺戮されたという語りが胸に迫る。あの地獄を映像化しなかったのは正解で、映像以上に心にずっしりとシコリが残るような嫌さを与えてくれる。同時に感心したのは原爆投下直後の「あ」というあの一瞬、あれはああだったろう。もうあの一瞬で世界が変転してしまったのだろうという事が映像で素晴らしい切り取り方をされていた。
感心するのは吉永小百合の扱いについてもである。
山田洋次は吉永小百合を腫れもののように扱わなかった。
見えるままに撮った。
近作
『ふしぎな岬の物語』では技術を持った年齢不詳の仙人的な役柄。
『北のカナリアたち』ではビックリ、SEXY吉永小百合。
『おとうと』では善人。
やはり、何か「尊敬」というファクターがかかってしまっておかしくなってる気がする。まあ、『おとうと』なんかは同じ山田洋次監督作品なのだが、今と比べるとまだお年の召し方が極端ではなかったので、映像で騙して撮れるというのをやってのけている。今作はまるで高倉健が『あなたへ』で、もうどうにもこうにもお爺ちゃんである事を隠せなかったように、吉永小百合も老いを隠せない。失礼な物言いは承知だが、ラストシーン近く寝床で葛藤する吉永小百合の身体の小ささや、皺の寄り方は、作られたものではなく、何時でも「死」と地続きの場所にいる老人が持っているものだ。この「死」をちゃんと見せる強さが映画をとても強固な物にしている。
怖い。
それは『サンセット大通り』で盛りを過ぎたグロリア・スワンソンを年老いた怪物として撮ったのと似てなくもない無情な撮り方だ。『サンセット大通り』はそれを意図的に観客に叩きつけているが、『母と暮せば』はそれを計画的にそうと思わせないしたたかさで観客に叩きつけている(のだと私は類推している)。
キーパーソンとして出てくるのが黒木華。
彼女が一緒に出て、二宮和也について同じ方向で同調しているシーンでは、吉永小百合は元気であるし、気候も夏でカラっとしている。この黒木華に吉永小百合が「息子に縛られる必要はない」という事を不承不承ながらも承知させる。
その後、黒木華が現れるのは冬。夏の軽装とは打って変わって、黒い礼装を身に付け、新しい婚約者と吉永小百合の元にやってくる。この美しい黒の和服とキラっと輝く髪止めなどは黒木華をとても大人に見せる。これは黒木華が二宮和也との子供の恋愛に見切りを付けて社会の一員として大人になった事を表わしているのだろう。そして、その際の「黒」はおそらく二宮和也に対する「葬礼」の「黒」に違いない。「人は人から忘れられる事によって二度目の死をいただく」という事を何かの映画で言っていたが、黒木華はそれを宣言する事によって老いた吉永小百合にトドメを刺しに来たのだ。本来であれば、これは新しい門出なのだから、とても明るい空気で撮ってもいい場面だ。それを山田洋次は北風が部屋の中に隙間風でビュービュー吹き付ける凍えるような場面として撮った。黒木華は最後に「ごめんなさい」と言って吉永小百合を抱きしめる。「黒」がまるで吉永小百合を覆い隠すように。冷え切った室内から帰る二人。通過儀礼は終わった。私個人は室内よりもこの帰路の二人の方が照明が明るく自然に撮っていたように思える。吉永小百合の住む住居は死に憑りつかれた閉じられた空間で、外界と隔絶されている。彼女にとっての未来(=息子)がキッチリ絶たれているなら、もう彼女は二宮和也同様に忘れられるしかない。
そして吉永小百合は死ぬ。
葬儀の席は光に満ち溢れ、吉永小百合は二宮和也と一緒にその席上を歩き、外に出ようとし、きらめく光の中、エンドロールになる。これはあからさまなサービスだろう。この後、二人には忘れられ、真の死を迎える事しか道がないのだから。逆に、映画内でお墓参りのシーンがあったように「原爆」や「戦争」も含めて、彼女たち同様、忘れられて真の死を迎えてはいけないという逆の意味でのメッセージかもしれない。
【銭】
額面1100円の前売券をチケット屋で840円でGET
▼作品詳細などはこちらでいいかな
・母と暮せば@ぴあ映画生活
▼この記事から次の記事に初期TBとコメントを付けさせて貰ってます。お世話様です。
・母と暮せば@Akira's VOICE
・母と暮せば@映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子の映画評
PS 『母とライトセーバー』
PS2 『ちんちんと暮せば』という作品と対になってるそうです。
おいおいおい。
PS3 長男の立場がないなあ。一回、夢枕にホラーで立っただけ。
長男の写真とか全然、出てこないし、
長男のレコードとかだったらすぐ売ってしまいそう。
ラストシーンについて語っているネタバレ原稿です
130分は長い。
64分の『傷物語』と同じ代金ならお得かもしれないが、いやいやいやいや。
要は適正な長さではないのではないか(実は『傷物語』の64分も適正な長さではなく、あの短さなのに長い)。
えーと、『母と暮せば』の前半、中盤のスローペースで居眠りをしてしまって罪悪感を高ぶらせている。二宮和也演じる息子と黒木華演じるその恋人が、普通の青年であるという事を表わす為なら、その過去にこだわる必要はなかっただろう。過去に戻るまでもなく、普通の人にしか見えない。吉永小百合も他の出演者も何ら特別に見える人は出ていないし、そういう演出もされていない。にもかかわらず、そういう普通の人が残虐な兵器で殺戮されたという語りが胸に迫る。あの地獄を映像化しなかったのは正解で、映像以上に心にずっしりとシコリが残るような嫌さを与えてくれる。同時に感心したのは原爆投下直後の「あ」というあの一瞬、あれはああだったろう。もうあの一瞬で世界が変転してしまったのだろうという事が映像で素晴らしい切り取り方をされていた。
感心するのは吉永小百合の扱いについてもである。
山田洋次は吉永小百合を腫れもののように扱わなかった。
見えるままに撮った。
近作
『ふしぎな岬の物語』では技術を持った年齢不詳の仙人的な役柄。
『北のカナリアたち』ではビックリ、SEXY吉永小百合。
『おとうと』では善人。
やはり、何か「尊敬」というファクターがかかってしまっておかしくなってる気がする。まあ、『おとうと』なんかは同じ山田洋次監督作品なのだが、今と比べるとまだお年の召し方が極端ではなかったので、映像で騙して撮れるというのをやってのけている。今作はまるで高倉健が『あなたへ』で、もうどうにもこうにもお爺ちゃんである事を隠せなかったように、吉永小百合も老いを隠せない。失礼な物言いは承知だが、ラストシーン近く寝床で葛藤する吉永小百合の身体の小ささや、皺の寄り方は、作られたものではなく、何時でも「死」と地続きの場所にいる老人が持っているものだ。この「死」をちゃんと見せる強さが映画をとても強固な物にしている。
怖い。
それは『サンセット大通り』で盛りを過ぎたグロリア・スワンソンを年老いた怪物として撮ったのと似てなくもない無情な撮り方だ。『サンセット大通り』はそれを意図的に観客に叩きつけているが、『母と暮せば』はそれを計画的にそうと思わせないしたたかさで観客に叩きつけている(のだと私は類推している)。
キーパーソンとして出てくるのが黒木華。
彼女が一緒に出て、二宮和也について同じ方向で同調しているシーンでは、吉永小百合は元気であるし、気候も夏でカラっとしている。この黒木華に吉永小百合が「息子に縛られる必要はない」という事を不承不承ながらも承知させる。
その後、黒木華が現れるのは冬。夏の軽装とは打って変わって、黒い礼装を身に付け、新しい婚約者と吉永小百合の元にやってくる。この美しい黒の和服とキラっと輝く髪止めなどは黒木華をとても大人に見せる。これは黒木華が二宮和也との子供の恋愛に見切りを付けて社会の一員として大人になった事を表わしているのだろう。そして、その際の「黒」はおそらく二宮和也に対する「葬礼」の「黒」に違いない。「人は人から忘れられる事によって二度目の死をいただく」という事を何かの映画で言っていたが、黒木華はそれを宣言する事によって老いた吉永小百合にトドメを刺しに来たのだ。本来であれば、これは新しい門出なのだから、とても明るい空気で撮ってもいい場面だ。それを山田洋次は北風が部屋の中に隙間風でビュービュー吹き付ける凍えるような場面として撮った。黒木華は最後に「ごめんなさい」と言って吉永小百合を抱きしめる。「黒」がまるで吉永小百合を覆い隠すように。冷え切った室内から帰る二人。通過儀礼は終わった。私個人は室内よりもこの帰路の二人の方が照明が明るく自然に撮っていたように思える。吉永小百合の住む住居は死に憑りつかれた閉じられた空間で、外界と隔絶されている。彼女にとっての未来(=息子)がキッチリ絶たれているなら、もう彼女は二宮和也同様に忘れられるしかない。
そして吉永小百合は死ぬ。
葬儀の席は光に満ち溢れ、吉永小百合は二宮和也と一緒にその席上を歩き、外に出ようとし、きらめく光の中、エンドロールになる。これはあからさまなサービスだろう。この後、二人には忘れられ、真の死を迎える事しか道がないのだから。逆に、映画内でお墓参りのシーンがあったように「原爆」や「戦争」も含めて、彼女たち同様、忘れられて真の死を迎えてはいけないという逆の意味でのメッセージかもしれない。
【銭】
額面1100円の前売券をチケット屋で840円でGET
▼作品詳細などはこちらでいいかな
・母と暮せば@ぴあ映画生活
▼この記事から次の記事に初期TBとコメントを付けさせて貰ってます。お世話様です。
・母と暮せば@Akira's VOICE
・母と暮せば@映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子の映画評
PS 『母とライトセーバー』
PS2 『ちんちんと暮せば』という作品と対になってるそうです。
おいおいおい。
PS3 長男の立場がないなあ。一回、夢枕にホラーで立っただけ。
長男の写真とか全然、出てこないし、
長男のレコードとかだったらすぐ売ってしまいそう。
2014年04月02日
『夏の終り』『シャニダールの花』をキネカ大森3で観て綾野剛は昔のモジャ時代の方が好きよんふじき★★,★★
◆『夏の終り』
五つ星評価で【★★満島ひかりは好き】
満島ひかりのエキセントリックな存在感が頭一つ飛び出してる。
「ひとりの女とふたりの男の、センセーショナルな愛の物語」と言うより、
満島から小林薫への依存が大半、綾野剛から満島への依存がちょっと。
みたいに決してそれぞれが対等の立場にはない。
但し、綾野は満島のガス抜きになっていたので、
ガスが抜けなくなった満島は急速に壊れていく。
相手の行動に返答する満島の存在感が剥き出しに露出された女性性器のようだ。
誰が触れようとも反応するが、じっくり相手をしてやらないといい具合にならない。
がんばれ満島という目で見てしまうのは、満島がやっぱり痩せ細ってちっちゃいからだろうか。ウルトラマンに出てた頃のぶっとい満島とは別人みたいだ。
とりあえず、エキセントリックな人を見守ってるのは疲れる。
◆『シャニダールの花』
五つ星評価で【★★普通のオチをくれよ】
女性の身体に根付く新薬の元になる花シャニダール、
その生育を見守る研究員綾野剛と、セラピスト黒木華。
二人の花への思いは研究所の規則を越えてしまう。
分かったような分からんような言葉で判じ物のように物語は終わる。
ちゃんとした回答をくれよ。回答をくれずに終わるにしても、
こんな寝ぼけたような、ぼーっとした終わり方は嫌だ。
映画の中なら滅ぶなら滅ぶで人類なんか滅んでしまっていい。
それで、ドーンと「シャニダールの花は××だから人類は滅んだんだ」
と言いきって終わってくれればスッキリするのにドドンガドン。
という事で、ここから脱線。
『シャニダールの花』を侵略SFとして勝手に色を付けて読み解く。
シャニダールの花とは何か。若い少女に根付くと言う。
じゃあ、ズバリ恋の花でしょう。この恋の花は恐竜と旧人類を滅ぼしたという。
製薬会社はこの花から成分を抽出して作ろうとしているのは惚れ薬だ。絶対売れる。
会社は花の管理に厳格だ。少女の胸が最初であっても、その花が一度大地に根付けば物凄い繁殖力で世界を席巻する事が化石や調査から分かっている。
シャニダールの種は二種類ある。
ここでは原種と加工種と呼ぼう。
原種はシャニダールの種のベーシック形態だが、それ単体では大地に根付かない。
特定の生物が惑星の規定の割合を無視して激増した時、その生物に寄生する。
寄生するまでの超長期間は何もせずに大地や海中や空中を漂っている。
陸海空どこであれ、種子の状態でいっさい発芽せず何億年も漂って眠る。
発芽をすると少女の胸に花を咲かせ、その少女を恋愛状態にする。
花は性器の象徴である為、胸に咲いた花は雄への誘惑にも機能する。
そうして、寄生して咲いた花は種を作る。これが加工種だ。
この加工種は大地に根差す事が出来る。大地に根差した種から咲いた花(加工花)からは寄生生物の恋愛行動を活発化させるフェロモンを散布する。
全人類を恋愛状態に没入させる。
つまり、他の何事よりも雌もしくは雄への求愛行動(特にSEXに限らず)の方を優先させる。仕事よりも、食事よりも、睡眠よりも。仮にSEXまで到達したとしても、延々とSEXを続けるので子供を産む状態に母体が至らない。種として狂わせる。
こうして宿主が死に出すと、シャニダールはその宿主の死体の栄養で更に咲き栄え、加工種を量産する。この連鎖は宿主の種が滅ぶまで繰り返される。
宿主が死んだ後、膨大な加工種が残される。この加工種は内部に原種を含んでおり、原種の外側部分(加工種部分)は長い経年には耐えられず剥がれ落ちてしまう。そして、膨大な原種が残り、この原種は次の新たな宿主が生まれるのを何億年も待つ態勢に入るのだ。
この加工種と原種の関係は映画『エイリアン』の卵から産まれるフェイスハガー(原種)と、幼体(エイリアン原種と寄生生物のハイブリット種)の関係に似てる。
という話じゃないかと思う。
【銭】
キネカ大森3回使える名画座専用回数券を使って1000円で鑑賞。
▼作品詳細などはこちらでいいかな
・夏の終り@ぴあ映画生活
・シャニダールの花@ぴあ映画生活
▼この記事から次の記事に初期TBとコメントを付けさせて貰ってます。お世話様です。
・夏の終り@映画的・絵画的・音楽的
・シャニダールの花@映画的・絵画的・音楽的
・シャニダールの花@ペパーミントの魔術師
PS 最終的にこのブログ記事で
綾野剛は女性性器のような満島ひかりをいじくりまわした挙句、捨てて、
黒木華の恋愛に翻弄されまくるという、
うらやましいけど心穏やかじゃない役なのだった。恋愛中毒ですかねえ。
ドーパミン出っぱなしでセロトニンが欠けてるみたいな、ご愁傷様です。
いや、御愁傷様なのは恋愛が皆無の俺か(セロトニン出っ放し)。
五つ星評価で【★★満島ひかりは好き】
満島ひかりのエキセントリックな存在感が頭一つ飛び出してる。
「ひとりの女とふたりの男の、センセーショナルな愛の物語」と言うより、
満島から小林薫への依存が大半、綾野剛から満島への依存がちょっと。
みたいに決してそれぞれが対等の立場にはない。
但し、綾野は満島のガス抜きになっていたので、
ガスが抜けなくなった満島は急速に壊れていく。
相手の行動に返答する満島の存在感が剥き出しに露出された女性性器のようだ。
誰が触れようとも反応するが、じっくり相手をしてやらないといい具合にならない。
がんばれ満島という目で見てしまうのは、満島がやっぱり痩せ細ってちっちゃいからだろうか。ウルトラマンに出てた頃のぶっとい満島とは別人みたいだ。
とりあえず、エキセントリックな人を見守ってるのは疲れる。
◆『シャニダールの花』
五つ星評価で【★★普通のオチをくれよ】
女性の身体に根付く新薬の元になる花シャニダール、
その生育を見守る研究員綾野剛と、セラピスト黒木華。
二人の花への思いは研究所の規則を越えてしまう。
分かったような分からんような言葉で判じ物のように物語は終わる。
ちゃんとした回答をくれよ。回答をくれずに終わるにしても、
こんな寝ぼけたような、ぼーっとした終わり方は嫌だ。
映画の中なら滅ぶなら滅ぶで人類なんか滅んでしまっていい。
それで、ドーンと「シャニダールの花は××だから人類は滅んだんだ」
と言いきって終わってくれればスッキリするのにドドンガドン。
という事で、ここから脱線。
『シャニダールの花』を侵略SFとして勝手に色を付けて読み解く。
シャニダールの花とは何か。若い少女に根付くと言う。
じゃあ、ズバリ恋の花でしょう。この恋の花は恐竜と旧人類を滅ぼしたという。
製薬会社はこの花から成分を抽出して作ろうとしているのは惚れ薬だ。絶対売れる。
会社は花の管理に厳格だ。少女の胸が最初であっても、その花が一度大地に根付けば物凄い繁殖力で世界を席巻する事が化石や調査から分かっている。
シャニダールの種は二種類ある。
ここでは原種と加工種と呼ぼう。
原種はシャニダールの種のベーシック形態だが、それ単体では大地に根付かない。
特定の生物が惑星の規定の割合を無視して激増した時、その生物に寄生する。
寄生するまでの超長期間は何もせずに大地や海中や空中を漂っている。
陸海空どこであれ、種子の状態でいっさい発芽せず何億年も漂って眠る。
発芽をすると少女の胸に花を咲かせ、その少女を恋愛状態にする。
花は性器の象徴である為、胸に咲いた花は雄への誘惑にも機能する。
そうして、寄生して咲いた花は種を作る。これが加工種だ。
この加工種は大地に根差す事が出来る。大地に根差した種から咲いた花(加工花)からは寄生生物の恋愛行動を活発化させるフェロモンを散布する。
全人類を恋愛状態に没入させる。
つまり、他の何事よりも雌もしくは雄への求愛行動(特にSEXに限らず)の方を優先させる。仕事よりも、食事よりも、睡眠よりも。仮にSEXまで到達したとしても、延々とSEXを続けるので子供を産む状態に母体が至らない。種として狂わせる。
こうして宿主が死に出すと、シャニダールはその宿主の死体の栄養で更に咲き栄え、加工種を量産する。この連鎖は宿主の種が滅ぶまで繰り返される。
宿主が死んだ後、膨大な加工種が残される。この加工種は内部に原種を含んでおり、原種の外側部分(加工種部分)は長い経年には耐えられず剥がれ落ちてしまう。そして、膨大な原種が残り、この原種は次の新たな宿主が生まれるのを何億年も待つ態勢に入るのだ。
この加工種と原種の関係は映画『エイリアン』の卵から産まれるフェイスハガー(原種)と、幼体(エイリアン原種と寄生生物のハイブリット種)の関係に似てる。
という話じゃないかと思う。
【銭】
キネカ大森3回使える名画座専用回数券を使って1000円で鑑賞。
▼作品詳細などはこちらでいいかな
・夏の終り@ぴあ映画生活
・シャニダールの花@ぴあ映画生活
▼この記事から次の記事に初期TBとコメントを付けさせて貰ってます。お世話様です。
・夏の終り@映画的・絵画的・音楽的
・シャニダールの花@映画的・絵画的・音楽的
・シャニダールの花@ペパーミントの魔術師
PS 最終的にこのブログ記事で
綾野剛は女性性器のような満島ひかりをいじくりまわした挙句、捨てて、
黒木華の恋愛に翻弄されまくるという、
うらやましいけど心穏やかじゃない役なのだった。恋愛中毒ですかねえ。
ドーパミン出っぱなしでセロトニンが欠けてるみたいな、ご愁傷様です。
いや、御愁傷様なのは恋愛が皆無の俺か(セロトニン出っ放し)。
2014年03月16日
『小さいおうち』をトーホーシネマズ府中8で観て、黒木華ええのうふじき★★★★
五つ星評価で【★★★★黒木華だなあ】
もちろん、断然タキちゃん派です。
器量が悪いなんて本人に言わせるのは酷なシナリオだなあ。
確かに整っていると言うよりは、昔風の「おかめ」な顔立ちであるのだが、
愛嬌があって可愛い………けど、それが現代になって
物言いが粗暴な倍賞千恵子になっちゃうのには軽く落胆する。
納得はするものの、間がなく一足飛びである事も確かだ。
どちらかというと揺れ動いてしまう奥様、松たか子より、
立ち位置がはっきりしていて、常に甲斐甲斐しく動きながら笑顔を絶やさない黒木華にベルリンを初めとする世界は大和撫子を強く感じたのかもしれない。
「あんなに美しく」という美しさを個人的に松たか子から感じないのは私だけ?
そして、その二人が一瞬だけ対立するあの場面での、
松たか子の猛獣のような息づかい。
後に分かる黒木華のきっと自分を騙しながらの裏切り、
そして戦後、伝わってくる消息から受ける松たか子の静かな安寧。
画面に映る物、映らない物も含めて、いろいろ予想が出来る。
予想を成立させるほど、キャラや世界観が出来上がっているという事だろう。
他、キャストなどの覚え書き
片岡幸太郎。何だか昔の小林薫みたいな「ちょうどいい普通の人」を演じられる人。
片岡鶴太郎と一文字しか違わないが大違いだ。
妻夫木聡 「妻夫木聡」を知ってるから、そんなに若く見えない。
「お婆ちゃん」と言ってるが血は遠そうで、系図的な関係が見えないので、
二人の関係が掴みづらかった。
普通「お婆ちゃん」と言えば「祖母−孫」と思うだろう。
中島朋子 中島朋子登場シーンだけ百合っぽくて、空気が違う。
キャラとしてはいらなかったのではないか。
ラサール石井 いつも同じだけど、この人はこれで良し。
林家正蔵 松村邦弘かと思ったけど、この人はこれで良し。
蛍雪次朗 成人映画時代の蛍雪次郎なら、奥様に関係を迫った筈だ。
ついでにタキちゃんも言いくるめて、みたいな『地獄のちいさいおうち』も
ちょっとだけなら見たい気がする(気が重いから滝田洋二郎のコメディーで)。
木村文乃 山田洋二映画に似つかわしくなさげに見える現代美人
(と言うほどキッチリ山田洋二を見てないけど)。
ボンクラに見える妻夫木聡とどうしていい関係なのかが分からない。
妻夫木聡のチンチンがでかいのかな。
笹野高史 あれだけ納得して嫌われる役柄も凄い。
モグラだかネズミだかに嫁入れさせられそうになる親指姫の気持ちを
タキちゃんで追体験する。どう考えても松金よね子の姑も嫌だし。
笹野高史の方が松金よね子より年上でも何らおかしくないけど。
そんな可哀想なタキちゃんもちょっとだけなら見たい気がする
(気が重いから滝田洋二郎のコメディーで(でも濡れ場付きで))。
【銭】
チケット屋で前売券を600円でGET(底値は350円というのを見かけた)。
▼作品詳細などはこちらでいいかな
・小さいおうち@ぴあ映画生活
▼この記事から次の記事に初期TBとコメントを付けさせて貰ってます。お世話様です。
・小さいおうち@ノラネコの呑んで観るシネマ
・小さいおうち@迷宮映画館
・小さいおうち@映画的・絵画的・音楽的
・小さいおうち@映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子の映画評
PS 超解釈
引越屋が「これ、どうしますか?」と声をかける絵。
イタクラショウジのものである。
戦前、この絵が描かれたり、贈呈されたりの描写はない。
すると、戦後、タキとイタクラは会っていた、という疑惑が沸く。
更に推し進めて、クロッキーの絵と発表した絵は画風が全く異なる。
実はタキはイタクラのゴーストライターだったのだ。
「私は長く生きすぎた」、なるほど、ゴーストの方が長生きしてしまったのである。
えーと、嘘です。
もちろん、断然タキちゃん派です。
器量が悪いなんて本人に言わせるのは酷なシナリオだなあ。
確かに整っていると言うよりは、昔風の「おかめ」な顔立ちであるのだが、
愛嬌があって可愛い………けど、それが現代になって
物言いが粗暴な倍賞千恵子になっちゃうのには軽く落胆する。
納得はするものの、間がなく一足飛びである事も確かだ。
どちらかというと揺れ動いてしまう奥様、松たか子より、
立ち位置がはっきりしていて、常に甲斐甲斐しく動きながら笑顔を絶やさない黒木華にベルリンを初めとする世界は大和撫子を強く感じたのかもしれない。
「あんなに美しく」という美しさを個人的に松たか子から感じないのは私だけ?
そして、その二人が一瞬だけ対立するあの場面での、
松たか子の猛獣のような息づかい。
後に分かる黒木華のきっと自分を騙しながらの裏切り、
そして戦後、伝わってくる消息から受ける松たか子の静かな安寧。
画面に映る物、映らない物も含めて、いろいろ予想が出来る。
予想を成立させるほど、キャラや世界観が出来上がっているという事だろう。
他、キャストなどの覚え書き
片岡幸太郎。何だか昔の小林薫みたいな「ちょうどいい普通の人」を演じられる人。
片岡鶴太郎と一文字しか違わないが大違いだ。
妻夫木聡 「妻夫木聡」を知ってるから、そんなに若く見えない。
「お婆ちゃん」と言ってるが血は遠そうで、系図的な関係が見えないので、
二人の関係が掴みづらかった。
普通「お婆ちゃん」と言えば「祖母−孫」と思うだろう。
中島朋子 中島朋子登場シーンだけ百合っぽくて、空気が違う。
キャラとしてはいらなかったのではないか。
ラサール石井 いつも同じだけど、この人はこれで良し。
林家正蔵 松村邦弘かと思ったけど、この人はこれで良し。
蛍雪次朗 成人映画時代の蛍雪次郎なら、奥様に関係を迫った筈だ。
ついでにタキちゃんも言いくるめて、みたいな『地獄のちいさいおうち』も
ちょっとだけなら見たい気がする(気が重いから滝田洋二郎のコメディーで)。
木村文乃 山田洋二映画に似つかわしくなさげに見える現代美人
(と言うほどキッチリ山田洋二を見てないけど)。
ボンクラに見える妻夫木聡とどうしていい関係なのかが分からない。
妻夫木聡のチンチンがでかいのかな。
笹野高史 あれだけ納得して嫌われる役柄も凄い。
モグラだかネズミだかに嫁入れさせられそうになる親指姫の気持ちを
タキちゃんで追体験する。どう考えても松金よね子の姑も嫌だし。
笹野高史の方が松金よね子より年上でも何らおかしくないけど。
そんな可哀想なタキちゃんもちょっとだけなら見たい気がする
(気が重いから滝田洋二郎のコメディーで(でも濡れ場付きで))。
【銭】
チケット屋で前売券を600円でGET(底値は350円というのを見かけた)。
▼作品詳細などはこちらでいいかな
・小さいおうち@ぴあ映画生活
▼この記事から次の記事に初期TBとコメントを付けさせて貰ってます。お世話様です。
・小さいおうち@ノラネコの呑んで観るシネマ
・小さいおうち@迷宮映画館
・小さいおうち@映画的・絵画的・音楽的
・小さいおうち@映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子の映画評
PS 超解釈
引越屋が「これ、どうしますか?」と声をかける絵。
イタクラショウジのものである。
戦前、この絵が描かれたり、贈呈されたりの描写はない。
すると、戦後、タキとイタクラは会っていた、という疑惑が沸く。
更に推し進めて、クロッキーの絵と発表した絵は画風が全く異なる。
実はタキはイタクラのゴーストライターだったのだ。
「私は長く生きすぎた」、なるほど、ゴーストの方が長生きしてしまったのである。
えーと、嘘です。
