サイボーグ009
2016年12月14日
『CYBORG 009 CALL OF JUSTICE 第三章』をトーホーシネマズ渋谷1で観て、閉め方悪いなふじき(ネタバレ)★★
五つ星評価で【★★回収出来てない伏線やら本線がいっぱい】
ネタバレ感想です。
第一章から第三章まで観て、
あかん思ったのは敵ブレスドが何を企んでるかが明確じゃない点。
敵ブレスドは組織ではない。
「ブレスド」の素養を持つ希少種の人間は全世界で3000人ほどいるらしいが、
彼等は組織立っていず、今回の事件も10人に満たないブレスドの連携行動にすぎない。
そして、今回のグループが行おうとした行為は二つ。
(1) 人類の強制進化。人工ウィルスによって作られるクロックアップ人間がそれだ。
クロックアツプ人間の能力は加速装置のように素早く行動できる事。
それは軍事行動的にはいいのかもしれないが、
人類はてんでダメになったから再建しようという考えには合致しない。
早く動けたからと言ってダメな考えを持つ者はダメなままだろう。
ようは人類の破滅を防げるほどの大人精神の注入は考えづらい。
(2) 人類のリセット。
エンペラーの能力により全人類の記憶をブランク化する計画。
人類の強制進化が施行不可能になったため、いきなり上がってきた代案。
行き当たりバッタリもいい所である。
やると言ってるだけで、計画してどう世界が改変されるかのビジョンがない。
な状態で、ブレスドの気持ちが見えない。
そもそもブレスドが何故人間をいい方向に導きたいのが皆目分からない。
009の能力に対する伏線もおかしい。
加速の行きつく先として「時間を元に戻す」事例が出てくるが、
001からそんな事はできないと解説されてしまう。
じゃあ、あれは何だったんだ。共通幻覚か? にしてもそれ自体が何も説明されないし。
作り手がちゃんと整理して説明しないといかんのに漏れている。
009がエンペラーを超知覚の世界に連れていき、置いてこれた理由もよく分からない。
あと矢継ぎ早に話が進むので、割と見逃しがちだが、
第三章での各個人戦みたいなのも理屈に合わないケースが多い。
002対プロフェッサー、004対プロフェッサー、
002対ピヨトル、009対エンペラー、
それぞれみんな「頑張ったから勝てました」じゃダメだろう。
カタリーナの記憶についても「消えませんでした」と事実だけで済ませてるけど、
そんな「頑張ったから最強の能力に対抗できました」みたいなのを言われてもなあ。
カタリーナと言えば、あんな「わたしをオカズにして」みたいな服を着ておきながら、
一切乳が揺れないという(俺の目の迷いだろうか)。
ともかく乳を揺らしさえすれば全ての罪が許されるとばかりに揺らしていた
『GANTZ:O』と対照的である。いや、揺らせばいいってもんではないけれど、
揺らす事でアニメートの熱意は見て取れる。
009側にはそんな余裕はなかったのだろう。
【銭】
トーホーシネマズフリーパス・13本目(2016年11月25日〜12月24日)。
▼作品詳細などはこちらでいいかな
・CYBORG009 CALL OF JUSTICE 第3章@ぴあ映画生活
▼関連記事。
・CYBORG009 CALL OF JUSTICE 第1章@死屍累々映画日記
・CYBORG009 CALL OF JUSTICE 第2章@死屍累々映画日記
ネタバレ感想です。
第一章から第三章まで観て、
あかん思ったのは敵ブレスドが何を企んでるかが明確じゃない点。
敵ブレスドは組織ではない。
「ブレスド」の素養を持つ希少種の人間は全世界で3000人ほどいるらしいが、
彼等は組織立っていず、今回の事件も10人に満たないブレスドの連携行動にすぎない。
そして、今回のグループが行おうとした行為は二つ。
(1) 人類の強制進化。人工ウィルスによって作られるクロックアップ人間がそれだ。
クロックアツプ人間の能力は加速装置のように素早く行動できる事。
それは軍事行動的にはいいのかもしれないが、
人類はてんでダメになったから再建しようという考えには合致しない。
早く動けたからと言ってダメな考えを持つ者はダメなままだろう。
ようは人類の破滅を防げるほどの大人精神の注入は考えづらい。
(2) 人類のリセット。
エンペラーの能力により全人類の記憶をブランク化する計画。
人類の強制進化が施行不可能になったため、いきなり上がってきた代案。
行き当たりバッタリもいい所である。
やると言ってるだけで、計画してどう世界が改変されるかのビジョンがない。
な状態で、ブレスドの気持ちが見えない。
そもそもブレスドが何故人間をいい方向に導きたいのが皆目分からない。
009の能力に対する伏線もおかしい。
加速の行きつく先として「時間を元に戻す」事例が出てくるが、
001からそんな事はできないと解説されてしまう。
じゃあ、あれは何だったんだ。共通幻覚か? にしてもそれ自体が何も説明されないし。
作り手がちゃんと整理して説明しないといかんのに漏れている。
009がエンペラーを超知覚の世界に連れていき、置いてこれた理由もよく分からない。
あと矢継ぎ早に話が進むので、割と見逃しがちだが、
第三章での各個人戦みたいなのも理屈に合わないケースが多い。
002対プロフェッサー、004対プロフェッサー、
002対ピヨトル、009対エンペラー、
それぞれみんな「頑張ったから勝てました」じゃダメだろう。
カタリーナの記憶についても「消えませんでした」と事実だけで済ませてるけど、
そんな「頑張ったから最強の能力に対抗できました」みたいなのを言われてもなあ。
カタリーナと言えば、あんな「わたしをオカズにして」みたいな服を着ておきながら、
一切乳が揺れないという(俺の目の迷いだろうか)。
ともかく乳を揺らしさえすれば全ての罪が許されるとばかりに揺らしていた
『GANTZ:O』と対照的である。いや、揺らせばいいってもんではないけれど、
揺らす事でアニメートの熱意は見て取れる。
009側にはそんな余裕はなかったのだろう。
【銭】
トーホーシネマズフリーパス・13本目(2016年11月25日〜12月24日)。
▼作品詳細などはこちらでいいかな
・CYBORG009 CALL OF JUSTICE 第3章@ぴあ映画生活
▼関連記事。
・CYBORG009 CALL OF JUSTICE 第1章@死屍累々映画日記
・CYBORG009 CALL OF JUSTICE 第2章@死屍累々映画日記
2016年12月07日
『CYBORG 009 CALL OF JUSTICE 第二章』をトーホーシネマズ渋谷2で観て、残念度向上ふじき★★

▲「おらおらおら、あたいがエロいスーツのカタリーナ・カネッティだよ」(左)
五つ星評価で【★★気持ち悪いぞ003】
前回に引き続き、シリアスなトーンはいいが、
どうも00ナンバー・サイボーグが子供扱いされる展開が続くのはちょっとメゲる。
音楽ずっと重いままだし。
ずっとちょっとずつ先んじられており、いい手が打ててない。
見てて貯まるストレスを一本の映画内で、解消させてほしい。
そんな中、003の言動が「ティーンの自己中中学生かよ」という
自分勝手発言が多く、ずんずん好感度を下げていく。
いかんしょ。そんな自分達の損を取り返せれば世界はどうでも良しみたいな考えは。
この物語での00ナンバーサイボーグは冷戦時代から
機械の身体ゆえ年も取らず長命という設定だから、
こんな無分別で未成熟な考えはそぐわない(通り越してボケてるとか考えるのもイヤ)。
そして、国連軍ガーディアンズの女士官カタリーナ・カネッティが
「おらおら、お前らこういうボインボインピチピチスーツ好きやろ」みたいな
露骨なボディスーツ着てて、性格がどうにもこうにもよろしくない上に
第一章から怪しいと思ったまんま、敵と通じてしまってる。
誰の得にもならない古い設定じゃないかな、これ。
女性キャラがどっちもイカれてるのはしんどい。
もともと救いのない話が延々と続いているのだ。どこかで息が抜きたい。
とりあえず次の完結編を見て一本、早い所カタを付けてしまいたい。
評価点としては9人のサイボーグが、みんな均等に出番がある。
その出番にちゃんと意味がある。
このストーリー構成の巧みさには拍手を送りたい。
【銭】
トーホーシネマズフリーパス・8本目(2016年11月25日〜12月24日)。
▼作品詳細などはこちらでいいかな
・CYBORG009 CALL OF JUSTICE 第2章@ぴあ映画生活
▼関連記事。
・CYBORG009 CALL OF JUSTICE 第1章@死屍累々映画日記
・CYBORG009 CALL OF JUSTICE 第3章@死屍累々映画日記
2016年11月30日
『CYBORG 009 CALL OF JUSTICE 第一章』をトーホーシネマズ渋谷1で観て、良いけど残念ふじき★★★

▲Gmen75
五つ星評価で【★★★話は合格。ビジュアルとアニメートが失格】
話は面白い。悲壮感溢れる話であるが、戦闘を中心に据えながら敵の謎や自己のアイデンティティを探っていくという展開は009の基本コンセプトにかなり則している。
敵の力のムチャクチャさや強大さを表わすのに3Dモデリングアニメは向いていた(ただ009達の日常動作を表わすのには向いていない)。
物語が始まって、そのビジュアルにすぐさま落胆した。
3Dモデリングアニメに合わせてブラッシュアップしたキャラは
「まんがのキャラ」から「人間のキャラ」へと進化していた。
必要があってやった事は分かるし、
ジェット・リンクの掌よりでかい鼻をリアル方向では実装させられないだろう。
かなり気を利かしてブラッシュアップしただろう事は分かるのだが、
やはり旧作のまるっこいキャラが好きだし、
今回の戦闘服が下半身ピッタリに見えるのもパンスト丸出しで
戦ってるみたいで、どうにもかっこ悪い。
チュチュ付けて戦ってもデザイン的には違和感ないんじゃないか? そらあかんやろ。
そして、彼等が静止している絵、バリ戦闘中の絵はともかく、
日常動作(歩いてるとか)をやらせると妙にアニメート(動かし方)が下手なのだ。
同じようなCDモデリングアニメで下手だったのは『RWBY』の一作目。
『RWBY』二作目ではかなり改善されていた。
趣味の延長上みたいなアニメ(じゃないの?)に商業アニメが負けてはいかん。
この物語に至るまでの前史を2Dアニメでやってくれるのだが、
逆にそのテイストの方が嫌いじゃない。
その回想部分の戦闘服が今回仕様なのはしょうがないけど残念。
【銭】
トーホーシネマズフリーパス・3本目(2016年11月25日〜12月24日)。
▼作品詳細などはこちらでいいかな
・CYBORG009 CALL OF JUSTICE 第1章@ぴあ映画生活
▼関連記事。
・CYBORG009 CALL OF JUSTICE 第2章@死屍累々映画日記
・CYBORG009 CALL OF JUSTICE 第3章@死屍累々映画日記
PS 音楽ずっと重かったなあ。
PS2 対カウボーイ戦の勝因をあんな風に難しい言葉の羅列だけで説明しちゃいかん。
PS3 対ティーチャー戦は006を使って下から攻撃すればよかったのに。
2015年11月02日
『サイボーグ009vsデビルマン』を新宿バルト9−6で、『サイボーグ009』を神保町シアターで観て、どちらもまあまあふじき★★★,★★★
◆『サイボーグ009vsデビルマン』
五つ星評価で【★★★合作物としては善戦したが美味しい所はデビルマンに取られた。思ったよりは悪くはないが、まあ、これなら許してあげましょうというくらい】
サイボーグ009関係のもっとも新しい映画。
と言っても30分×3のOVAのイベント上映という体裁である。
当初「こらあかんのんちゃうの」という評判が立ったのは、
宣材の絵の特徴が強すぎて009かっこ良くないし、
デビルマンはどこか『ヤッターマン』のボヤッキーに似てたからだ。
劇場で見たら絵は及第点。そんなにボロボロではない。
比較の上では009サイドのキャラが精彩を欠いている。
サイボーグ戦士の衣装デザインがピチTみたいな仕様でかっこ良くないし、
戦士個々のキャラも特徴は掴んでるが、中途半端なリアルさに縛られてか、どこかかっこよくない。ピュンマなんかリアル黒人に近づいた上に、いい声すぎる声優を起用したせいでBLっぽいキャラになっている。悪役のサイボーグも定番の石森キャラを踏襲しようとしたのか、どこか作品世界に馴染み損なっている。登場人物の数が多い分、個性も出し損ねている。
相対的にデビルマン側は順調。
これは情念の強さがキャラに出るという特徴に負う所が多い。
そしてキャラとしては平手ミキが本当イキイキしててちょっとバカで可愛らしい。
デビルマンは『超人ハルク』みたいに限界を超えた底のない属性だが、サイボーグの「機械」+「人間」という特徴は「機械」の限界が見えた今、枷にこそなれ、魅力には成りづらいかもしれない。
PS 最初にデビルマンとサイボーグ009が戦うシーンで、
倒れている009に駆け寄る003に、
「立て、立つんだジョー」って叫んでほしかった。
◆『サイボーグ009』
五つ星評価で【★★★いい意味での大雑把さが癒しになる】
特集「作曲家・小杉太一郎の仕事」から1プログラム。
サイボーグ009関係のもっとも古い映画。
今回、初めて知ったが、カラーのこの映画の方が、
モノクロのTVシリーズより古いらしい。
キャラは目がクリクリして、石森章太郎と『白蛇伝』のハイブリットみたいだ。009の決め構図が歌舞伎の見栄のようにバチバチ嵌る感じがとても気持ちいい。各サイボーグ戦士はリアルな等身ではなく、それぞれ初期の原作マンガみたいに、かなりパースが乱れたような雑なデザインなのだが、その雑な感じが豪快かつ大雑把な絵を頻発させて、いい味になっている。
話はサイボーグ戦士の誕生・ブラックゴースト団からの逃避を描く前半と、地方紛争を裏て操るブラックゴースト団に戦いを挑み決着を付ける後半とで二分されている。この前半と後半が繋がっていない感じが話としてバランスが悪い。「起承転結」の後に、すぐさま「承」が来て、「待て」の命令をかけられてる様な感じ。
009の声が太田博之。そう言えばこの映画の009の顔立ちが太田博之に似てる気がする。声は問題なし。
003の声はジュディ・オング。二人とも必殺シリーズのレギュラーを演じたのは妙なご縁という感じ(もっとも二人の必殺での共演はないが)。
002,009とも加速装置に触れない(設定にない)というのには驚いた。
話も絵も、最新のアニメと比べると笑っちゃうくらい雑なのだが、「雑」という事は反面デフォルトに耐え得ているという事でもある。凄く「雑」な絵を見ながらちょっとワクワクしている自分がいた。前半はかなり好き。後半はそこそこです。
小杉太一郎の曲はやはり土俗的で土っぽい。TVシリーズと同じ主題歌は名曲中の名曲である。
【銭】
バルト9正規入場料金1800円。イベント上映だから、もちっと安くしてくれてもいいのになあ。
神保町シアター正規入場料金1200円×5のポイントがたまったので無料鑑賞。
▼作品詳細などはこちらでいいかな
・サイボーグ009 VS デビルマン@ぴあ映画生活
・サイボーグ009@ぴあ映画生活
▼この記事から次の記事に初期TBとコメントを付けさせて貰ってます。お世話様です。
・サイボーグ009 VS デビルマン@徒然なるままに
・サイボーグ009@徒然なるままに
▼関連記事。
・009 RE:CYBORG@死屍累々映画日記
五つ星評価で【★★★合作物としては善戦したが美味しい所はデビルマンに取られた。思ったよりは悪くはないが、まあ、これなら許してあげましょうというくらい】
サイボーグ009関係のもっとも新しい映画。
と言っても30分×3のOVAのイベント上映という体裁である。
当初「こらあかんのんちゃうの」という評判が立ったのは、
宣材の絵の特徴が強すぎて009かっこ良くないし、
デビルマンはどこか『ヤッターマン』のボヤッキーに似てたからだ。
劇場で見たら絵は及第点。そんなにボロボロではない。
比較の上では009サイドのキャラが精彩を欠いている。
サイボーグ戦士の衣装デザインがピチTみたいな仕様でかっこ良くないし、
戦士個々のキャラも特徴は掴んでるが、中途半端なリアルさに縛られてか、どこかかっこよくない。ピュンマなんかリアル黒人に近づいた上に、いい声すぎる声優を起用したせいでBLっぽいキャラになっている。悪役のサイボーグも定番の石森キャラを踏襲しようとしたのか、どこか作品世界に馴染み損なっている。登場人物の数が多い分、個性も出し損ねている。
相対的にデビルマン側は順調。
これは情念の強さがキャラに出るという特徴に負う所が多い。
そしてキャラとしては平手ミキが本当イキイキしててちょっとバカで可愛らしい。
デビルマンは『超人ハルク』みたいに限界を超えた底のない属性だが、サイボーグの「機械」+「人間」という特徴は「機械」の限界が見えた今、枷にこそなれ、魅力には成りづらいかもしれない。
PS 最初にデビルマンとサイボーグ009が戦うシーンで、
倒れている009に駆け寄る003に、
「立て、立つんだジョー」って叫んでほしかった。
◆『サイボーグ009』
五つ星評価で【★★★いい意味での大雑把さが癒しになる】
特集「作曲家・小杉太一郎の仕事」から1プログラム。
サイボーグ009関係のもっとも古い映画。
今回、初めて知ったが、カラーのこの映画の方が、
モノクロのTVシリーズより古いらしい。
キャラは目がクリクリして、石森章太郎と『白蛇伝』のハイブリットみたいだ。009の決め構図が歌舞伎の見栄のようにバチバチ嵌る感じがとても気持ちいい。各サイボーグ戦士はリアルな等身ではなく、それぞれ初期の原作マンガみたいに、かなりパースが乱れたような雑なデザインなのだが、その雑な感じが豪快かつ大雑把な絵を頻発させて、いい味になっている。
話はサイボーグ戦士の誕生・ブラックゴースト団からの逃避を描く前半と、地方紛争を裏て操るブラックゴースト団に戦いを挑み決着を付ける後半とで二分されている。この前半と後半が繋がっていない感じが話としてバランスが悪い。「起承転結」の後に、すぐさま「承」が来て、「待て」の命令をかけられてる様な感じ。
009の声が太田博之。そう言えばこの映画の009の顔立ちが太田博之に似てる気がする。声は問題なし。
003の声はジュディ・オング。二人とも必殺シリーズのレギュラーを演じたのは妙なご縁という感じ(もっとも二人の必殺での共演はないが)。
002,009とも加速装置に触れない(設定にない)というのには驚いた。
話も絵も、最新のアニメと比べると笑っちゃうくらい雑なのだが、「雑」という事は反面デフォルトに耐え得ているという事でもある。凄く「雑」な絵を見ながらちょっとワクワクしている自分がいた。前半はかなり好き。後半はそこそこです。
小杉太一郎の曲はやはり土俗的で土っぽい。TVシリーズと同じ主題歌は名曲中の名曲である。
【銭】
バルト9正規入場料金1800円。イベント上映だから、もちっと安くしてくれてもいいのになあ。
神保町シアター正規入場料金1200円×5のポイントがたまったので無料鑑賞。
▼作品詳細などはこちらでいいかな
・サイボーグ009 VS デビルマン@ぴあ映画生活
・サイボーグ009@ぴあ映画生活
▼この記事から次の記事に初期TBとコメントを付けさせて貰ってます。お世話様です。
・サイボーグ009 VS デビルマン@徒然なるままに
・サイボーグ009@徒然なるままに
▼関連記事。
・009 RE:CYBORG@死屍累々映画日記
2012年11月03日
『009 RE:CYBORG』を新宿バルト9シアター6で観て、そんなにみんな神々との戦いが好きなのかふじき★★
五つ星評価で【★★理屈は分かった。しかしAの理屈を成立させる為にBの理屈が破綻してはいないか】
導入部で終わってしまったマンガ「天使篇」については別にどうとも思っていない。特に好きも嫌いもなく、評価が高いも低いもなく、単にエピソードの一つとしか捕えていない。始まらなかったのはつまらんなあ、という感じ。だって「天使篇」冒頭部発表後も石森章太郎は新作009を発表してるし、発表された新作はそこそこの品質を保持していたから。「天使篇」がある為に新作アニメが作りづらいとする説は「考えすぎでね?」と思ってしまう。
私の好きな009は、少年マンガらしい活劇だった頃のだ。
BGから逃げ出して、敵の00サイボーグが追っ手に現れるエピソードや、将棋のようにプレイヤーの個性が強いギリシャ神話編なんかが好きだ。
という視点から見ると、今回は「理屈は分かった。だが、理屈を成立させる為に009らしい少年マンガ活劇な部分を随分、捨ててしまったなあ」かな。
もともと009は一つの集団が危機を回避するために、野球チームのように機能するヒーローマンガであって、そのため、集団はいつも一か所に集まっていた。敵BGが壊滅してしまった為、一人一人が個々の生活を送り、その中からキャラクターをチョイスしてエピソードが作られる中盤以降のマンガは、成立するが、それはキャラが濃いことと、BG篇でこれでもかと共同体の危機を描いてきたから延長上として成立するのだ。
さて、今回チームは一か所にいない。
バラバラである。
その為、チームを守る為という目的は達成しづらい。
だから、戦う目的は「世界平和の為に」になっている。うん、なんかむず痒い。気恥ずかしい。だが、まあ、しょうがない。他に見つからなかったのだろうし、そう、決めちゃったんだから。
という訳で、敵対する世界全体から味方を守る為ではなく、世界平和を実現する為に、004,005,006とかが戦闘を行う。皮肉な事に、これはBGが操っていた「戦争を持続する為の戦闘」とあまり変わらない。「国VS国」が「世界VSギルモア財団」という構図に変わったが、これはどう見ても戦争であって、「ギルモア財団=00ナンバーサイボーグだから、身を守る為の戦いだよ」とは言い辛いのだ。無関係な死者もいっぱい出てるだろうし。だから本当はこれが戦争ではなくなるように「世界VS00ナンバーサイボーグ」という構図を取るような物語にすべきだったと思う。本気でそれをやるなら『うしおととら』のように、00ナンバーサイボーグを一度世界の敵に仕立てるようなギミックが必要だ。難しいし大変だが、それを怠ると、そもそも00ナンバーサイボーグが存在を許される事自体が絵空事になってしまう。
まあ、難しいご時世に難しい題材をリアルに描こうとする姿勢で作ったから無理が生じたんだな。可哀想に。
一人一人のキャラや能力、個性はいいが、活躍の場はおかしい。
どんなに力があっても、火を吹けても、建物全体にミサイルを撃たれれば終わりだろう。そうしない理由が希薄だ。耳目を集めるから? このスパイアイが発達して衛星から白兵戦をモニタリングできる時代に。用兵を派遣した時点で一緒だ。
ええと、つまり、何だ。
003のエロい黒ブラ黒パンと
エマニエルみたいな拘束椅子は
よかったと思うよ。
そういや、ジョーの加速装置も見せ場としては間違ってない?
いやまあ、唯一能力の見せ場を見せる事がなかった原作同様、
影の薄いピュンマの事を考えたら、そんなクレームは贅沢ですね。
【銭】
前売券を50円値引きの1250円でGET。
▼作品詳細などはこちらでいいかな
・009 RE:CYBORG@ぴあ映画生活
▼この記事から次の記事に初期TBとコメントを付けさせて貰ってます。お世話様です。
・009 RE:CYBORG@映画のブログ
・009 RE:CYBORG@或る日の出来事
▼関連記事。
・サイボーグ009対デビルマン@死屍累々映画日記
PS 最終的に、だから、つまんなかった、ではないです。
違和感はあったけど、よく出来てると思います。
PS2 濡れ場をもちっと長くやって
丹下段平氏に登場願って
「立て、立つんだ、じょおおおおおおおおおおおおぅ」と叫んで欲しかった
導入部で終わってしまったマンガ「天使篇」については別にどうとも思っていない。特に好きも嫌いもなく、評価が高いも低いもなく、単にエピソードの一つとしか捕えていない。始まらなかったのはつまらんなあ、という感じ。だって「天使篇」冒頭部発表後も石森章太郎は新作009を発表してるし、発表された新作はそこそこの品質を保持していたから。「天使篇」がある為に新作アニメが作りづらいとする説は「考えすぎでね?」と思ってしまう。
私の好きな009は、少年マンガらしい活劇だった頃のだ。
BGから逃げ出して、敵の00サイボーグが追っ手に現れるエピソードや、将棋のようにプレイヤーの個性が強いギリシャ神話編なんかが好きだ。
という視点から見ると、今回は「理屈は分かった。だが、理屈を成立させる為に009らしい少年マンガ活劇な部分を随分、捨ててしまったなあ」かな。
もともと009は一つの集団が危機を回避するために、野球チームのように機能するヒーローマンガであって、そのため、集団はいつも一か所に集まっていた。敵BGが壊滅してしまった為、一人一人が個々の生活を送り、その中からキャラクターをチョイスしてエピソードが作られる中盤以降のマンガは、成立するが、それはキャラが濃いことと、BG篇でこれでもかと共同体の危機を描いてきたから延長上として成立するのだ。
さて、今回チームは一か所にいない。
バラバラである。
その為、チームを守る為という目的は達成しづらい。
だから、戦う目的は「世界平和の為に」になっている。うん、なんかむず痒い。気恥ずかしい。だが、まあ、しょうがない。他に見つからなかったのだろうし、そう、決めちゃったんだから。
という訳で、敵対する世界全体から味方を守る為ではなく、世界平和を実現する為に、004,005,006とかが戦闘を行う。皮肉な事に、これはBGが操っていた「戦争を持続する為の戦闘」とあまり変わらない。「国VS国」が「世界VSギルモア財団」という構図に変わったが、これはどう見ても戦争であって、「ギルモア財団=00ナンバーサイボーグだから、身を守る為の戦いだよ」とは言い辛いのだ。無関係な死者もいっぱい出てるだろうし。だから本当はこれが戦争ではなくなるように「世界VS00ナンバーサイボーグ」という構図を取るような物語にすべきだったと思う。本気でそれをやるなら『うしおととら』のように、00ナンバーサイボーグを一度世界の敵に仕立てるようなギミックが必要だ。難しいし大変だが、それを怠ると、そもそも00ナンバーサイボーグが存在を許される事自体が絵空事になってしまう。
まあ、難しいご時世に難しい題材をリアルに描こうとする姿勢で作ったから無理が生じたんだな。可哀想に。
一人一人のキャラや能力、個性はいいが、活躍の場はおかしい。
どんなに力があっても、火を吹けても、建物全体にミサイルを撃たれれば終わりだろう。そうしない理由が希薄だ。耳目を集めるから? このスパイアイが発達して衛星から白兵戦をモニタリングできる時代に。用兵を派遣した時点で一緒だ。
ええと、つまり、何だ。
003のエロい黒ブラ黒パンと
エマニエルみたいな拘束椅子は
よかったと思うよ。
そういや、ジョーの加速装置も見せ場としては間違ってない?
いやまあ、唯一能力の見せ場を見せる事がなかった原作同様、
影の薄いピュンマの事を考えたら、そんなクレームは贅沢ですね。
【銭】
前売券を50円値引きの1250円でGET。
▼作品詳細などはこちらでいいかな
・009 RE:CYBORG@ぴあ映画生活
▼この記事から次の記事に初期TBとコメントを付けさせて貰ってます。お世話様です。
・009 RE:CYBORG@映画のブログ
・009 RE:CYBORG@或る日の出来事
▼関連記事。
・サイボーグ009対デビルマン@死屍累々映画日記
PS 最終的に、だから、つまんなかった、ではないです。
違和感はあったけど、よく出来てると思います。
PS2 濡れ場をもちっと長くやって
丹下段平氏に登場願って
「立て、立つんだ、じょおおおおおおおおおおおおぅ」と叫んで欲しかった
