2014年03月13日
マンガ『七人のシェイクスピア 第二〜六巻』ハロルド作石、ビッグスピリッツコミックススペシャルを読書する男ふじき
二巻三巻で現在、
四五六巻の途中巻までで過去。
そして主要人物の過去を一通り舐めてから現在にまで戻ってくる。
強引な展開。
だが、読ませる。
ハロルド作石には全く「萌え要素」がない。
「萌え要素」とは「物語性を廃したキャラクターへの過度な甘え」だ。
だから、ハロルド作石のマンガは強い現実感を持っている。
キャラクターはそんなキャラだからという、ありきたりな行動に縛られない。
現実の人間はどんなに色濃くキャラ的であったとしても、
多面的でいざるをえない、という事である。
ハロルド作石のマンガのキャラ立てで変わっている所を見つけた。
例えば、少年ウィリアムが「皆に慕われる人間」である事を説明するのに
そういうシーンを挿入して、そういうキャラにするのではなく、セリフで説明する。
つまり、現実的な人間に近い表現の仕方が取られている。
彼は「皆に慕われる人間だ」と言わせる。
いついかなる時でも「皆に慕われるキャラ」にはしない。
とても、マンガっぽくないやり方だ。
用意周到にこういうやり方を取っている限り、
登場人物が何をやっても驚くには値しない。
彼等は普通のキャラのように計算できない。
彼等は人間だから。
どこまで、この実験は成功するのか。注目したい。
コタム司祭が『BECK』のサクに似ているのは、とても安心する。
四五六巻の途中巻までで過去。
そして主要人物の過去を一通り舐めてから現在にまで戻ってくる。
強引な展開。
だが、読ませる。
ハロルド作石には全く「萌え要素」がない。
「萌え要素」とは「物語性を廃したキャラクターへの過度な甘え」だ。
だから、ハロルド作石のマンガは強い現実感を持っている。
キャラクターはそんなキャラだからという、ありきたりな行動に縛られない。
現実の人間はどんなに色濃くキャラ的であったとしても、
多面的でいざるをえない、という事である。
ハロルド作石のマンガのキャラ立てで変わっている所を見つけた。
例えば、少年ウィリアムが「皆に慕われる人間」である事を説明するのに
そういうシーンを挿入して、そういうキャラにするのではなく、セリフで説明する。
つまり、現実的な人間に近い表現の仕方が取られている。
彼は「皆に慕われる人間だ」と言わせる。
いついかなる時でも「皆に慕われるキャラ」にはしない。
とても、マンガっぽくないやり方だ。
用意周到にこういうやり方を取っている限り、
登場人物が何をやっても驚くには値しない。
彼等は普通のキャラのように計算できない。
彼等は人間だから。
どこまで、この実験は成功するのか。注目したい。
コタム司祭が『BECK』のサクに似ているのは、とても安心する。
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この記事へのコメント
1. Posted by sakurai 2014年03月17日 17:56
この漫画、あたし的には超面白かったのですが、一般的には、さっぱり人気がなかったようで、ものすごく中途半端で終わってしまったようなのですが、その後どうなったでしょう。
ぜひとも、続きを描いてほしいです。
ぜひとも、続きを描いてほしいです。
2. Posted by ふじき78 2014年03月17日 21:00
こんちは、sakuraiさん。
単行本6巻まで出て、その後、連載が休載しちゃってるみたいですね。最終的にはシェイクスピア達が団結して野武士を倒すんじゃないすかな?
単行本6巻まで出て、その後、連載が休載しちゃってるみたいですね。最終的にはシェイクスピア達が団結して野武士を倒すんじゃないすかな?
