宮崎駿

2013年12月10日

『夢と狂気の王国』をトーホーシネマズ六本木アートスクリーンで観て、動かされないふじき★★★

五つ星評価で【★★★真摯を感じないのは私だけ?】

いいなあ三吉(※1)。三吉で全然行けるよ。
いいなあ砂田麻美(※2)。砂田麻美の声で全然行けるよ。
爺さん(※3)が姉ちゃんたちにかまってもらっていい余生だよな。

※1ジブリ女性スタッフ。
※2当該ドキュメンタリー映画監督。
※3宮崎駿。仮想敵。

ってことでジブリには特に恩もないのでズケズケ言ってく
(おら基本的にアンチ・ジブリだ)。
宮崎駿に関しては、あんな「ゆったら」な作り方をしてたら
いい物は作れないだろ。
「脚本ありません」なんて自慢してたらいかん。
絵コンテが出来上がった部分だけ次に渡して、
作っていくという体制(に見えた)も物作りのやり方として正気とは思えない。
そんな事やったら後から前の部分を直したくても直せないし、
映画全体のテンポだってガタガタになるだろう(現になってる)。
「絵コンテが脚本替わり」だというなら、
脚本工程終了と同タイミングで絵コンテを完成させるべきだ。
事前に全貌を掴めない映画が、いい映画になる筈がないと思うのだ。
そのための時間が果てしなくかかると言うなら宮崎駿一人にコツコツ作らせておいて、
他のスタッフは高畑勲の支援に回ればよい。

何でそういう事が出来ないのかというと、
宮崎駿に、もうそういう姿勢を貫くだけの気力がないのだろう。
本来、そんな人間を神輿に乗っけてはいけないのだが、
商売的に彼のネーム・バリューが生命線であるので、
その特異なやり方に対してダメを出せないでいる。

作家主義と言えば聞こえはいいが、作品が商品として管理されていない。

なるほどジブリは宮崎駿と高畑勲が、それぞれの領土を分割統治する王国なのだ。
王様が二人に鈴木敏夫Pが法皇みたいな位置で背後に暗躍する。

変な担がれ方をして、恩人故、起用を断わる事も出来ない庵野監督が気の毒だ
(本人そんなに嫌がって見えないけど)。
鈴木敏夫(※4)を加えたジブリの3人より冷静で、
いい意味で大人に見える(オブザーバーだからだろうけど)。

※4「鈴木と塩を加えた」という漢字変換にのけぞった。
 庵野秀行がいい意味で大人なら、鈴木敏夫は悪い意味で大人。

そう言えば、話には上がるけど、それぞれの細君は一切出て来なかった。

退屈はしないけど物理的には長い。
いや、この物理的に長い118分を退屈させない手腕を誉めるべきか。


【銭】
東宝シネマズの会員デー火曜日で1300円。

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2013年08月07日

『風立ちぬ』を109シネマズ木場3で観て、これは評判いいの?ふじき★★(地獄のようにひどい事を書きます)

五つ星評価で【★★愛と性の吐吐露】

これは何?
評判いいの?
全く乗れない。最後まで眠らずに起きてはいたけど(いたつもりだけど)。

賛否両論渦巻く庵野監督の声も私自身はダメだった。
あの「ど素人」な声を使った意図は意図として、分からんでもない気もするのだけど(あれは他人を使った宮崎監督自身の自己投影でしょ)、あれではどうにもドラマに没頭できん。


でね、言いたい事だけ言って、ドラマは相変わらずいい加減だと思う。

主人公に惚れさせる為に、地震で活躍させ(関東大震災がただの前座扱い)、
なんぞいきなり訪れた避暑地で、バッタリ少女と邂逅し、
さして劇的な交流もないまま、いきなり好きあってしまう
(普通あるであろう二人の近くにいる他者がいないのは自分勝手な作劇だ)。

都合よく恋愛し、都合よく象の墓場に行くように女性は退陣する。
その間に主人公がやっていた事はと言えばひたすら「仕事」だ。
精一杯仕事に没頭しても身体の弱い妻はそれを望んでくれる。
都合いいな。
庵野監督も宮崎監督もそんな風に家庭を顧みず仕事したいんじゃないのか?

最終的に全てを投げ打って仕事した到達点が「理想」である、というのは綺麗ごとだ。
「理想」の為に犠牲を強いられた人とか、主人公の近くにいる人とかが、主人公に突っかかったりはしない。ただ、結果として「死」が暗示されるだけだ。何やら、主人公の周りは「主人公に好意的な人」と物言わぬ「死者」だけなのだ。だから、主人公は葛藤しない。神のように物語の中央に鎮座し、神のように世界を見下ろす主人公。何か怖い。なんか宮崎監督自身の自己投影に見えてしまう。

宮崎監督自身が神みたいな存在だから。


映画の冒頭は少年次代の主人公が空を飛ぶ夢を見るシーンだ。
空を飛ぶ夢って、性的欲求不満の表れじゃなかったっけ?
そこで会うイタリア人にでっかいチンコ(飛行機)を見せられるが、
最終的に僕のはこれです、と若いシンプルなチンコ(飛行機)を見せる。
結局、本当にセックスしたい相手はこのイタリア人だったんじゃないのか?
空に一面に輝くゼロの波飛沫のような光は、
空に放出されたイタリア人に向けての精液放出じゃないのか。
その場で死んだ妻は死んだままだ。
「ご苦労様、これからは一緒にいれますね」みたいな一言もない。
妻は彼の仕事の邪魔さえしなければいい存在なのか? それは「母」だろう。
その妻との最初の出会いは、妻がまだ恋愛対象以前みたいな処女である時代。
ええと、何だ。恋愛対象が勝手に自分を憧憬の目で見てくれる、
恋愛対象より自分が圧倒的な優位にある。
世間一般に言われる「宮崎=ロリコン」説の追加肯定。


僕はイタリア人のでっかいチンチンに欲情しちゃうマザコン少年だけど、ロリータのあの娘とだったら、きっといい夫婦生活がおくれると思うんだ。だって、あの娘の中には母性が眠っていて、僕のやりたい事を全部、認めてくれる筈だもん。あの娘が死んじゃったらちゃんと敬うし墓参りもするけど、イタリア人との密会はやめられない。僕はその密会でイタリア人に「ああああああああああああ」、そして僕もイタリア人に「ああああああああああ」。それで、国が亡んだり、世界に死者が溢れても、理想の為にやった事だし、みんな僕の事を好いてくれているから大丈夫だよね。

そんな映画?


きつい解釈は置いておいて、
これは本来、実写で撮れば普通の恋愛映画として、それなりに見れた映画だと思う。
実写だと人間の顔の陰影が、単純な筋でも、もっとドラマを深く見せかける。
災害の重みや、心の中の苦悩なども、観客が察してくれる。
そうそう、主人公の小っちゃい上司。
あれ、予告見て意地悪な同僚かなんかかと思っていた。
彼も実写で撮れば普通にちゃんとした年相応の大人に見えるだろう。



【銭】
新聞屋系招待券を貰ったのだ

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PS こんな性的な内容の話に対して「宮崎駿の遺書」って、
 えええ、んなこと言っていいの!?


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