メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬
2012年04月03日
『許されざる者』『メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬』を新橋文化で観て、名画座らしいええ組み合わせじゃふじき★★★★,★★
監督・製作・主演がクリント・イーストウッドの『許されざる者』と監督・製作・主演がトミー・リー・ジョーンズの『メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬』の二本立て。名画座らしい。まっこと名画座らしい二本立てぜよ。
◆『許されざる者』
五つ星評価で【★★★★男だ。男がそこにいる】
1992年初公開時に1回観てる筈。
イーストウッドかっけーなー。
この後、爺が煮詰まった様な容姿になるが、
イーストウッドがかっこいいのは容姿云々ではなく、
果てしなく「男」であるからに他ならない。
男は我慢する。
男は自分より強い者の前で弱音を吐かない。
男は自分より弱い者の前で自分を飾り立てたりしない。
男は自分の強さの恐ろしさを知っている。
ああ、いいなあ。
こう、書いてて気が付いたのは、
ジーン・ハックマン演じる町の保安官が悪人でこそないのだけど
(彼は彼の任務を果たしているだけである)、
このイーストウッドと正反対の人物像であるのが映画として効いている。
奴は我慢しない。
奴は自分より強い者の前で命乞いを懇願する。
奴は自分より弱い者の前で自分を大いに飾り立てる。
奴は自分の強さの恐ろしさを自覚してない。
ジーン・ハックマンよくなくていいなあ(笑)
ずっと「男」と書いてきたが、昭和の人間は
「人の強さ=男」、「人の優しさ=女」
そんな捉え方をしてしまうのだ。
まあ、そうあってほしいという願望だな。
顔に傷を負わされちゃう女の人が凄い好み。
顔に傷を負わされちゃった後の方が可愛いと思うのは映画だからだろうか。
◆『メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬』
五つ星評価で【★★そういや、こんな映画だった】
2005年初公開時に1回観てる筈。
トミー・リー・ジョーンズがまだ地球人だった頃の作品。
そう言えば、こんな感じで初見時も退屈したなあ。
時を越えて観る事で変わる映画もあるが、
時を越えて観ても変わらん映画もあるなあ、
と初見と同じように退屈しながら思った。
結局、あのラストのはっきりしなさに、付いていけん、のかなあ。
【銭】
前売券700円で入場。
▼作品詳細などはこちらでいいかな
・許されざる者@ぴあ映画生活
・メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬@ぴあ映画生活
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・許されざる者@映画の真ブログ、もとい、映画のブログ