クララ

2014年01月12日

『利休にたずねよ』を渋谷TOEI,粘僂董△ではダメ人間だからピンと来ないぜよふじき★★

五つ星評価で【★★利休の強さが独立採算制で表現されてないのがおでは不満なんだ】

うおおおおおおう。
誉めてる人が多いのに俺はよう分からんかったあ。
きっと、俺は利休がメイド服の女の子で
「お茶にラブラブ光線を入れたからおいちい筈でちゅ」
と抱きつきながら言ってくれるみたいな映画の方が好きなんだあ。



原作未読。

利休に詳しくはないが、昔、同時期に公開した利休の映画2本は観た筈だ。
どちらももう何一つ覚えていない↓
勅使河原宏の『利休』と熊井啓の『千利休 本覺坊遺文』

どうにかギリギリ思い出せるような共通点
・千利休は死んだ(いや、そらそうだろ。死なない利休は利休じゃないよ)。 
・千利休の得意技は茶の湯と「お・も・て・な・し」
・宿敵は秀吉。

って事で、茶の巨人、利休が時の権力者、秀吉に生殺与奪権を握られながらも自らの美学を折らずに死を貫いたというのが、この話の核である。日本人は基本、死を恐れない頑固者が好き。だからハリウッドで『47利休』とか作ったら………いやいやいや。えーと、この話が機能する為にはジャンプ的に強さのインフレ構造が上手く描写されていなければならない筈だ。

最強の覇者・信長
その信長が一目置く利休
信長を越えたと信じる統治者・秀吉
その秀吉の統治を全く意に介さない利休

要は信長と秀吉の強さや属性が明確になってこそ、相手に立ち向かう主人公の更なる強さが際立つ。前回の映画はどうだったか忘れた。今回の映画はそこに手を抜いているように見える。信長や秀吉なんて名前で全部分かるからいいでしょ、みたいに省いてしまった。信長も秀吉も「あの信長様」「あの秀吉様」と言われて大きさが顕示されるだけで、実際、どう大きい、どう怖いという表現はほぼなされていない。

信長は自分の価値観だけを信じる狂人に近い。西洋でも東洋でも日本でも役に立つ物は取り立てるし、役に立たなかったり邪魔であれば、どんどん殺すは、潰すは。寺や僧をあからさまに焼いたり殺したりはこの人からだった筈だ。
だから、その狂人に自らの美に対する狂気をぶつけて相殺してしまう利休が面白いのだ。

天下を取った後の秀吉は逆に力だけの男。合理的な算術が彼の権勢を守るための全てなので、元々、利休とは相いれない。秀吉は宗教同様、美も形式としてあればいいという態度を取りたいが、信長の一部を受け継いでるように思わせる利休がそれを許さない。

こういうスリリングな関係にある筈なのに、根こそぎバックボーンを省略しちゃったので、なんか女子高生みたいに「好き」「嫌い」「あの人こっち向いてくれない」みたいな簡潔な三角関係に落ちちゃった気がする。

その「美の原点」は若き恋ってのもまあいい。
あの原点の姉ちゃんはとっても綺麗だけど、あれが若い時の火遊び程度で、そんなに大層な人生を変えるような出来事にはどうも見えなかった。何でだろう。海老蔵が「なんてことだあああああ」と大見得を切って悲劇を大悲劇にするのは歌舞伎役者だから構わんけど、その後、いじいじと後姿で演じるような、ぶざまに立ち上がって歩き出すような地味なシーンがなかったからだろうか。

そう言えば中谷美紀が「おーい、お茶」って言わなかった(言わないだろ)。

成海璃子ちゃん可愛かったな。やっぱりあの童顔は女だけどバリバリ子供という役にピッタリだ。死体に関しては死に化粧みたいなところで美に対して一点突破をしようとしていたけど、日本の棺桶は「桶」なので桶の中に体育座りみたいに納まる様は、今目線で見ると、どう考えても美しく描写できない。でもやれば無常感は出ただろうからそこまでやったら面白かったかもしれない(いや、やらんだろうけど)。

「私が額ずくのは美しいものだけでございます」
大森南朋が「全身美容整形したの うふ(はーと)」と言って、
利休の初恋相手の姿になってやってきたら、利休はぬかずいたんだろうか?



【銭】
額面金額1000円の前売券をチケットショップで850円で購入。

▼作品詳細などはこちらでいいかな
利休にたずねよ@ぴあ映画生活
▼この記事から次の記事に初期TBとコメントを付けさせて貰ってます。お世話様です。
利休にたずねよ@ノルウェー暮らし・イン・原宿
利休にたずねよ@No War,No Nukes,Love Peace,Love Surfin',Love Beer.
利休にたずねよ@映画通信シネマッシモ☆映画ライター渡まち子の映画評

PS 
 胡瓜にたずねよ
PS2 映画と全然関係ないんだけど、ロッテアイス「クランキー俺の抹茶」は
 なかなかどうして美味だったので、是非、利休に食べてもらいたかった。


fjk78dead at 00:05|個別記事コメ(4)トラバ(3)