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2016年06月12日

『アイヒマン・ショー』をHTC有楽町2で観て、アイヒマン萌え萌えふじき★★★★

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▲きゃーアイヒマン様よおおおおおおおおおおぅ。

五つ星評価で【★★★★勝利のドラマのように見せかけて、実は敗北しているみたいな皮肉な映画が好き。そしてアイヒマンが出てるだけでワクワクが止まらない】
このアドルフ・アイヒマンという実に有能な小役人がキャラとして大好きなのである。ユダヤ人の強制収容所への移送を計画した男。結果として彼が辣腕を振るわなければ強制収容所での死者はもっと減っていたに違いない。だが、だからと言って彼が無慈悲に笑いながらユダヤ人を虐殺した訳ではない。ただ、彼は処世の為、自分の能力を使役した。後世、それは「悪魔の所業とされ、それを行わない選択をしなかった」として、彼は裁かれる。でも、「それを行わない選択」はきっと出来なかっただろう。日本でもそうだ。「それを行わない選択」を選んだものは憲兵による拷問の末、死や転向を賜ったりした。時代に抗う事は難しいのである。なので、私もきっとアイヒマン側を選ぶ。だから、アイヒマンが好きなのだ。彼は悪漢ではない。ただの小役人だ。その彼を悪漢に仕立てたのがメディアである。今回はそのメディアの一つ、TV製作者を描いたもの。

アイヒマンを悪漢としたメディアは何より新聞だろう。
ナチスの極悪人将校捕まるとの第一報は新聞から出された筈だ。
その時点でもう既に「大悪人」と決まっていた筈だ。

映画内のフルヴィッツ監督は強制収容所でのナチの悪行を証言するユダヤ人の姿を見て、表情一つ変えないアイヒマンに驚愕する。人間であるなら涙の一つも流すだろう、というのが彼の論理だ。これは間違えていると思う。ユダヤ人の痛々しい証言はこのアイヒマン裁判のプロパガンダとして必要な部位であると思うが、必ずしも裁判その物にとっては必要ではない。それらの虐待は間接的にアイヒマンによってもたらされたが、アイヒマンが恣意的に行なった罪ではないからである。自分の裁判案件と関係ない茶番を長々と見せられるアイヒマン、心が痛むより先に「そんな情動に訴えてまで自分を不利に持ち込みたいのだろう」と警戒する方が自然だろう。

だが、この証言部分が強制収容所で行われた様々な蛮行のプロパガンダとして機能し、世界は初めてそこでどのような野蛮な行為が行われたかを知る事になる。メディア戦略としてTV放映は成功だったと思う。この放映により「ユダヤ人は世界でもっとも迫害された民族第一位」を手に入れたのだ。自分達がイスラエルを建国し、先住のパレスチナ人を迫害する立場に立っているにもかかわらず。

ここにとても強い皮肉がある。

アイヒマンは「大悪人ではなく命令を聞いただけの歯車の一つ」という意見も出るが、TV製作者側は気持ちとしてそれを認められない。彼等は被害者の近くに位置しすぎているからだ。逆に彼等が加害者の近くに位置していたら、この裁判の矛盾を突いたのではないかと思う。第三者の目から見ると、所詮、感情による裁判であり、死刑は感情による処刑にしか見えない。そしてTVクルーはこの放映に参加した事により、二つのシステムの歯車として機能したのではないかと思っている。
一つ目は、プロパガンダにより、ユダヤ人やイスラエル建国を正当化するシステム。直接、手を出している訳ではないが、パレスチナ人への迫害を目立たなく矮小化させてしまった。
二つ目は、「ナチは凶悪でいかなる理由があっても、処罰すべき」という信仰の元、アイヒマンを抹殺するシステムに加担した事である。これは被害者がただ一人だから目立たないが前文の「ナチ」を「ユダヤ人」に置き換えると、そのヤバさが分かってくる。ただ、この映画の中では「アイヒマンの有罪」は正義として揺るぎがないような描かれ方をしているから、あまりヤバさとしては伝わってこないが。


【銭】
テアトルの会員サービスを使って1300円で鑑賞。

▼作品詳細などはこちらでいいかな
アイヒマン・ショー/歴史を映した男たち@ぴあ映画生活
▼この記事から次の記事に初期TBとコメントを付けさせて貰ってます。お世話様です。
アイヒマン・ショー/歴史を映した男たち@ここなつ映画レビュー
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この記事へのコメント

1. Posted by 豆はんてん   2016年06月12日 16:13
お疲れ様です!私は未見ですので少しズレてしまう話かもしれませんが、今の都知事問題におけるマスコミ報道は、根本的な問題点(ザルな法律をどうするか?じゃあ石原前々都知事はどうだったのか?など)を無視した、もはやイジメショーになっていると思います。
安心して叩ける対象を嬉々として叩く光景に辟易としております。もちろんセコい都知事は断罪されるべきですが。
2. Posted by ふじき78   2016年06月12日 21:39
こんちは、豆はんてんさん。
都知事問題はイジメショーですね。
問題なのは舛添を叩いた後に都知事の職に付く物がどうせ舛添よりダメな奴という事です。それは民主党政治時代に首がすげ変わるたびにランクが落ちていった事で分かる。民主党だからじゃない。日本ってそんなにいい人材がいないんだよ。だから、今の舛添のままで奴隷のように働かせるのがいいと思う。

まあ、いいでしょ。まだ金だけの話で、人死にがどうのって話に進んではいないのだから。
3. Posted by 隆   2016年06月12日 23:54
政治の低迷が、民度とは関係なく、単なるショーに堕ちている事は、危惧すべきでしょう。

アイヒマンのストーリーは、彼独自のものというよりは、政治的にそのインパクトが、最大限に脚色され、ホロコーストの悪事の元凶のようにされた事があると思います。だから、アイヒマンを一役人化して、自分達が同じサイドに居るかも知れない事を理解する事は、歴史を風化させないために、取るべきスタンスだと思います。

ホロコーストの惨事を教科書上で知るよりも、人間を通した、間接的なアプローチ、つまり、映画然り、ラジオを通した当時の報道然り、現場での苦闘が相当詰め込まれ、忠実に再現されたものだと思います。
4. Posted by ふじき78   2016年06月13日 00:33
こんちは、隆さん。
アイヒマンが善人で完全に無実とは思わないものの、加担した政策全てが彼に被せられ、スケープゴートとされてしまった感は否めません。それは日本の東京裁判もそうらしいのですが。本当に悪い奴は法廷に出ない。
法廷に出たり、世間からつるし上げをくう人物はお人好し。世間が責めるのはしょうがないでしょうね。世間はそういう物だから。
5. Posted by atts1964   2016年06月13日 09:05
アイヒマンはいわゆる非常に有能な官僚だったんでしょうね。いまに上司の命令を効率よく実行するかに長けていたんでしょう。
「ハンナ・アーレント」でも、この裁判に関して描かれていましたが、この裁判の意義が、ナチが行ったホロコーストが、本当にあった歴史的大虐殺だったと認識されたことだったんですね。
それが感じられた作品でした。
こちらからもTBお願いします。
6. Posted by ふじき78   2016年06月14日 00:57
こんちは、atts1964さん。

これがきっかけでナチスのユダヤ人迫害の劣悪さが公になったという事実はしりませんでした。ただ、裁判としては色々アイヒマンさんは文句を言いたかったんじゃないかと思います。
7. Posted by ここなつ   2016年06月14日 01:10
こんばんは。
ふじきさんのご意見って、なかなかすぐには気づかない、つまりプロパガンダに踊らされる可能性が私にもあるんだってことを気づかさせてくれて、すごくありがたかったです。いやいや、上から目線で言っている訳じゃないのよ。
けれど、コンプライアンスは実は企業の方針だけでなく、最後は個人の良心・規範に基づくものであるらしいので、そういう点から見るとやはりアイヒマンには人間としてかけている部分があったのでは…?とは思います。
8. Posted by ふじき78   2016年06月14日 12:31
こんちは、ここなつさん。
プロパガンダによって、ユダヤ人の迫害が表に出るようになったのは大変いい事なんですが、そのプロパガンダを行うために裁判は利用されたんじゃないかと言う気がします。
アイヒマンが実際、正しく行動すればユダヤ人の大量虐殺は行われなかったり、頓挫したかもしれない。でも、当時の時代の空気の中で正論を言うのは立派だけど生命の危険を考えたら、私だったら言えない。確か、ナチスはユダヤ人と同じように同性愛者や思想犯も収容所送りにしていた筈だし。自分が死ぬか他人を殺すかの二択だったんじゃないでしょうか?
9. Posted by maki   2017年01月07日 08:55
私も、アイヒマンも被害者であるとは思っています。当然その所業も知った上で。
彼が喜んであの虐殺を行っていたとは思えないんですよね。ただの小役人だったからこそ行えたのだと思います。
悪魔的な所業を行うのが普通の人間だったというところに、人間の業の深さを感じます。
ふじきさんのいうとおり、あの時代にNOといえば自分が殺される。他者を殺すか自分が殺されるかの二択しかなかったのだと思います。
ですがただ歯車のように使われていた被害者とは思わないんですよね。
理解していたうえでの出来事。上の指示を仰いで、出世のため、ひいては自分が生き残るための所業だったと思わざるを得ません。

ただ…
このテレビ放送によって救われたユダヤ人がいる。
それだけでも良しとするべきでしょうね。
10. Posted by ふじき78   2017年01月08日 02:17
こんちは、makiさん。
でも、私は凡人だからアイヒマンの肩を持ってしまうわあ。
アイヒマンからしてみれば
「確かに私は大量のユダヤ人を移送した。だが、移送した後、どのような処遇を受けたかが延々と罪状証拠として述べられているが、それは収容所がどのように運営管理されたかに関する問題であって、その責任者に対する裁判で叙述してもらいたい。私が彼等を移送した故にそれらの不幸な事案が発生した訳ではないし、それに関しては裁判で全く証明されていない」
と言いたいところであろう。

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